かーびーの田舎暮らし

《自然農、魚釣り、体験イベント、DIY》好きなことで生きていく為の仕事やお金の稼ぎ方のヒントになるように綴る田舎暮らしのブログです。

『選択自体には大した意味が無い』

重要なのは選択ではなく、選んだ道を正解にする努力。

 


この対談も面白かった!

https://youtu.be/jdbyv4N5iR4

世界で活躍する社長さんがあえて、日本にこだわるというのが新鮮でした。

 


世界を知った上でやっぱり日本は凄い国だよと言う言葉には説得力がありました。

 


世界か日本か、どっちかではなくどちらも見た上で選択と行動をしていく。

 


遊びと仕事の境界は曖昧なもので、つまらなくなったらそれは仕事から労働になる。

 

 

 

 


翻って自分のこと。

お金にしやすいことを選ぶのではなく、自分がやって楽しく充実すると思えることを選んで、それを正解にしていく努力をしよう。

 

 

 

根本的な理由が「お金になるから」だと、いずれしんどくなるし稼げなくなったらやり続けられない。

 


でも根本的な理由が「楽しくて面白いから」ならお金にならずとも続けていけるし、それでお金を稼ぐ努力をする方が建設的なんじゃないかと思う。

 



他人事の『応援』、自分事の『応援』

最近感じていた違和感みたいなものに、
自然や環境のこと、農や食のことに取り組もうとすると、

 

「応援するよ!」

 

と言ってもらえること。

それは素直に嬉しいし、ありがたいのだけれど、時々なんとなく感じる違和感があって、

 

『応援する』


というのは、

どこか他人事に思ってない?と感じる時がある。

 

その応援が、
「あなたのやっていることはとても大事なことだけど、私にはやる事が出来ない。私の代わりにそれをらやってくれてありがとう。応援しています!」

 

というのはなんの違和感もなく、

 

ありがとう!おれ、頑張るよ!

あなたも無理なさらずにお仕事頑張って下さい。私も応援しています!


と気持ちよく返せる。

 

けど、
軽い気持ちで
「なんか良い事やってるっぽいねー。がんばってねー応援するよー(言葉だけ)」

 

というのは、先に書いた違和感を感じる。

 

感謝されたいため、賞賛されたいために、やっている事では無いのだけれど、自然環境に携わる一次産業というのは、全てあなたにつながっている事で他人事ではないんだよ。

 

その事を知ってほしいなと思ってた所に、有谷さんのブログ↓

https://www.iyashirochi-p.jp/entry/2019/09/09/203511

 

ちょっとね、人様のお家のことだけど、そりゃあんまりだぜ。

 

 

 

農地の管理手入れ、草を生やさないようにするだけならば除草剤ばら撒く方が簡単だけど、薬は使わずに草刈機で何度も刈って手入れします。

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正直いって、草刈したところでお金にもならないし、まだここでは上手く野菜も栽培できない畑。

いっそ地主さんにお返しして、コンクリートアスファルトで駐車場かなにかにしてしまったほうが管理は楽になるし、お金も入るかもしれない。

 

けど、農地を潰していくという選択を、私はしたくない。

 

でもね、実際にはどんどん田んぼや畑が潰されて工場や配送センターができていってる。

 

それが日本人の選択ということになるのかな。

サラリーマンを出来ないのかやらないのか。

「ほっしーはサラリーマンやらせたら死んじゃうから!」

 


はい、そんな気がします笑

 


最初の会社勤めて辞めてから10年くらい経つのだけど、主体性と自主性で動き続けてくるとチーム…というか組織的に働くサラリーマン的な仕事がどうにも苦手になるものなのか…?私の性格?

 


自分のことは根気強い性格だと子どもの頃から20代くらいまでは思ってて、コツコツと我慢したり努力し続けていくのが得意だと思ってた。

 


でも、大変だし辛い、時には楽しいこともある。

 

 

 

20代中盤から、もっと力を抜いた生き方や、もっと自分のやりたいことを仕事に出来るようにしよう。

 


と思ってからの10年

 


尚更大変だし、悩むし、生活の不安を感じる事もある。

けど、充実感を感じる瞬間は増えた気がする。

 

 

 

最近は、移り気な自分がいる。

根気強く粘り強かった自分はどうなったのか。

 


居なくなったわけじゃなく、やると決めたことは続けている。

今はYouTubeがそれかな。

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それに自然体験と畑については7〜8年続けているし、そこは変わらないと思う。

 


移り気に思えるのは、色んなことに興味を持ち、可能性を探しているからなんだ。

 

 

 

 


…と、雨の日はロマンチストになるちょっとイタめなおじさんです└(┐Lε:)┘

 


さて、雨止んだし草刈りだけでもしにいくかな。

 

命の田んぼは薬も肥料も要らない。

10日くらい放っておいた山の田んぼ。

 

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草生えてきてるかなーと心配してたけれど、思ったより全然草生えてなくて、稲がかなり太くしっかりしてた!

 

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これは嬉しい(๑´∞`๑)

 

白毛モチはもう出穂してました。

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とはいえ、慣行農法の田んぼではもう稲刈りしてる品種もあるからそれに比べればだいぶゆっくりですね。


今年は代掻きしない不耕起、深水でやってみた上に植え付けの時期もおそくなったから最初のうちはなかなか大きくならなかったのだけど、一旦根付くとその後はどんどん生長していったみたいだすね。

 


虫食いは多少あるけれど、生育に支障が出るほどでは全くない。

 


もちろん無農薬、無除草剤。

 


イナゴも探したら何匹かいました。

 


けど、イナゴよりもクモの方が多いくらい!

 


お陰で稲は食われずに育っています。

 


これだけクモがいてくれればカメムシにも吸われずに済むかな。

 


他にもシオカラトンボや名前がわからない繊細なイトトンボもいました。

 

 

薬を撒かず、生き物たちのバランスの中で食物を育てて頂く。

 

自分たちと周りの人達が食べる分をこのやり方で賄えるようになったら良いな。

そこを目指してやっていきたい気持ちはあります。

カボチャ騒動、終着。

フェイスブックでの先日のカボチャの投稿に対して沢山のコメントやイイね、ご提案、ありがとうございました。

 

おかげさまで今収穫してある分はほぼ完売となりました!!
(´;ω;`)アリガトウ!!

 

応援して購入して下さるのはとてもありがたいことです。

 

ですけれども、そのお気持ちに甘えているだけではダメなので、

 

「欲しいから買いたい」

 

と思って頂ける野菜を育てるとともに、この野菜たちがどういうもので、どういう意味があるのか、単純な価格の安さや味だけでなく、

機械や薬、肥料、石油資材に頼らずに食糧を生産することの価値を伝えていきたいと思います。

 

栽培と共に情報発信がんばる!

 

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ちなみに、今回のカボチャ達は自然農法(農薬、除草剤、肥料、堆肥、マルチなど一切無し)で育った白皮砂糖カボチャ。

 

植えてから放任で育てていたので、地面に着いている側にキズや汚れが付きやすく、大きさ形も不揃い。

 

単発で市場に持っていってもほかの野菜と同じようにしか販売出来ないのでそうなると1玉50円でも買い手がつくかどうかでさらにそこから市場手数料が引かれるので、1玉30円にもなるかならないかというカボチャたちでした。

 

しかし、フェイスブックでこのことを投稿したことで理解のある飲食店さんや友人が買いたいと言ってくださって、投稿から1日で70個完売しました!

しかも1玉300〜400円で買ってくれる。

 

これは、市場に良い値段で買ってもらうよりも圧倒的に高単価です。

 

もちろん、市場は持ち込んだものを全量買取してくれるからこそ、値段は安くなるので、全量買取は大量に野菜を生産する農家にとってはとてもありがたいこと。

そのことは、先日YouTubeの取材で伺った玉ねぎ農家の庄島さんも仰ってたことです。

 

私のように沢山出来たといっても、100個にも満たないようなものであれば、直接消費者さんに販売する方が手間は掛かりますが、可能性がある。

 

私のような栽培方法で出来た不揃いの野菜を少量、出来たタイミングで市場に持ち込んだところで、交通費にすらならない完全な赤字となってしまいかねない。

 

かといって、宅配販売のように複数種類を常に栽培していないと成り立たないやり方も難しい。

 

理想的なのは、その時期に出来たものをまとまった量で買い取って頂くこと。

 

もしくは、直接畑に買いに来ていただくこと。

 

 

野菜の生産販売については、この2通りを中心に行っていこうと考え始めました。

 

その為に、美味しくストーリーのある野菜と、来てみて楽しいワクワクするような畑を作って情報発信する!

 

YouTube、ブログ、フェイスブックツイッター、がんばるぞ!

「野菜を売らない農業」の可能性

「常食する為の米や野菜は、販売する為に栽培しない」

というのが、もしかしたら正解なんじゃないかと思った。

 


業務用や飲食店用に販売する大量生産の野菜や、こだわりのある特殊、特別な野菜は販売用として栽培すれば良いと思う。

 

 

 

なんでこんなこと思ったかというと、さっき野菜買ってくださったうどん屋さんと話してて、

 


「会社退職した人はなぜか野菜作り始める。そしてそれを近所に無料で配る」

 


というお話。

 


そう、田舎あるあるなんです。そしてそういった利益無くても栽培出来る野菜がたくさんあると、野菜の価格、特に道の駅とかの直売所の価格はべらぼうに安くなる。

 


となると、野菜育てて生計を立てようとする、仕事としての野菜栽培が非常にやりにくくなる。

 

 

 

けど、これって物の見方で問題点や解決方法がまるで変わってくる話なんだと気づいた。

 


そもそも、野菜栽培自体は楽しくやる人が結構多い。それこそ趣味の延長で。

 


お金をかけずに食糧が得られるというのは、とてもありがたいこと。税金やらなんやらでピンハネされることも、日本銀行券(日本のお金)を介さなければ起こらない。

それこそ、地域通貨みないなもので物とサービスの交換流通が出来れば良い。

 


そして、栽培する側も

 


「売れないと困る野菜」

 


を栽培するのではなく、

 


「自分が育てて楽しく、あげた人にも喜んでもらえる野菜」

 


を栽培するのなら、見た目や形を揃える為に薬だなんだのを多用する必要がなくなって、人にも土にも優しい食糧生産になるんじゃなかろうか?

 

 

 

インターネットや流通網の発達で、今やどこにいてもやろうと思えば仕事はできるし、創り出すことも可能(簡単ではないけど)で、都市部での生活、特に東京はコスパが最悪だとも言われてきている。

 


理想は自分たちが食べる分の食糧プラスアルファを育てて、余った分をシェアしたり、自分たちでは食糧生産出来ない人たちにおすそ分けする。

 


そういう仕組みが実現出来たら良いんじゃないかと思ったよ。

 


もちろん、素人では簡単に栽培出来ない特殊な野菜や、業務用に大量に必要となる品質の揃った野菜を栽培する「プロ農家」さんは必要。

 


ポイントは、自分がやりたいのが、プロ農家(お金を稼ぐ為の手段として)なのか、百姓(野菜を育てること自体や暮らしを楽しみたい)なのかを決めること。

 

 

昨日は市場に持っていき、1玉30円にもならないとなった白皮砂糖カボチャ。理由は見た目と形の不揃い。

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業者の方も意地悪で言っているわけではなく、プロだからきちんとしたご意見を言ってくださって、それが市場に野菜を出荷するということなのだと改めて気付かせてくれた出来事でした。

 

食べ物を作る仕事なのに食っていくのが難しいというおかしな話

毎年、この時期になると
暑さと、繁茂する雑草に埋もれてしまう畑を前にして

「畑辞めようかなぁ…」

という気持ちになる。

 

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自分達が食べて友人におすそ分けするくらいなら、私のやり方(農薬、肥料、マルチ無し)でも十分にできる。

 

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↑台風後のミニトマト。雨の影響で割れてるものも多かったけど、それでも自分達で食べるには多すぎるほど。でも売るには少ない。

 

 

けど、これで生計を立てていこう、お金を稼いでいこうとした途端に一気に無理難題レベルに難しくなる。

命の根幹、身体をつくる元になる食べ物。
それを作る大元の職業がなぜ、食うのに困るような職業なのだろうか。

 

…と、お腹が空くとネガティブなことばっかりかり考えちゃうからワンコインの贅沢、太巻き3本セット買ってきて食べてやったぜ。

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こんなこと考えてた後だから、食べ物のありがたみがわかるし、このお値段で食べられるのはありがたい。

 

石油や近代文明の利器のお陰で安価に安定的に食糧が手に入り、飢えることもないのだけれど、その生産方法は、ずっと続けていけるものなのだろうか?

 

サブシステムとしてなら、私のやっているような石油や機械文明に頼らず出来る農法にも価値はあるのだろうか?

 

 

とかなんとか、書いてるうちにお腹も膨れたし、少し涼しくなってきたから作業再開するかな。